タンザニア協力隊日記

JICA青年海外協力隊としてタンザニアで過ごした日々の記録。現地の人と向き合う様子から自分と向き合う様子を1日1フォト1ブログで。日々模索。

郵便局へ。外国人はつらいよ

1月20日(月)166/730日目

朝一のバスに乗ってダルエスサラームからモロゴロのムジへ。

村に帰る前にここに寄らなければいけない理由があった。


1週間ほど前、郵便局の人から電話がかかってきて
日本からの荷物が首都→街→村のうちの「街」の郵便局で止まっており
記載されているものと中身が一致しないから村に送ることができないと
なんだか嘘みたいなほんとのよくわからないことを言われた
よって自らその街の郵便局に行かなければいけなかった。

 

本人が確認すればすぐ受け取れるだろうと思っていたが、

 

実際はそんなに甘くなかった

郵便局に着いて「荷物を受け取りに来た」というと
「・・・kana saito?」と聞かれた!
そうそう!
これは話が早いかと思われたが

 

役所を二つ回って、二人の職員も立会いのもと中身を確認しなくてはいけないらしい。
変なものは入っていないはずなんだけどな・・・

お忙しい中2人の職員が郵便局に来てくれた
そして箱を開けた瞬間に日本食日本食日本食・・・明らか私のやん(笑)
「私のもので間違いないです」で終わるかと思ったら
まさかの尋問が始まった
これはなに?私たちの知らないものだぞ!
英語ではなんていうんだ?
スワヒリ語で説明しろ!
えぇーーーーーなんか危険人物扱いされてるのこれ?
説明しようにも、ふりかけは英語でもFurikakeだし
煎餅はマンダージでもケーキでもないスワヒリ語圏には無い食べ物だし
そもそも向こう警戒しまくってて聞いてくれないし信じてくれそうに無い
だんだん一個一個説明してるのもアホらしくなってきた・・・

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そんな気難しい顔しながらカップ麺見んといてくださいな・・・

このような事態になってしまったのも
中身の記載漏れや個数が明確でなかったからだそうです。
送ってくれた方は箱を閉じ郵便局に持ってってから書いたそうなので、明確に書けなかったんだとか。
まぁまさか開けて中身見られるとは思ってなかったからねぇ・・・

 

すぐ受け取れると思ったのに結局この郵便局と、役所をまわるのに2、3時間かかった。勘弁してくれ。

 

やっとの思いで全ての確認が終わり
関税や手数料を払い私は解放された

最後まで面倒見てくれた郵便局の人には感謝しつつも
絶対二度と来たくないこんな所と思った・・・

ホテルにしばらくこもりたかったが今日はまだ終わらない

 

ケータイ番号の登録の期限が今日なのだ。
荷物をおいてすぐケータイショップに向かう。
なぜそんな期限ギリギリになったのか
とお叱りの言葉をいただく前に、自分の責任ではないということをぜひ主張したい。
NIDAから番号が送られたのがつい数日前、そして村のショップはインターネットが問題ありとかで機械が動かず。
全システムが常に、正常に、うごくとは限らないこの国のお約束
期限までに、確実に、全てが整う方がおめでたいといえよう

いろんな思いを巡らせながらお店に行くと、(予想はしていたが)これでもかと人が並んでる。

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日当たりの良い所で待たなくてはいけないという地獄。汗止まらん

そしてなかなか進まない。気が狂いそう。。
期限まで残り数時間だぞ?何やってんだと思いながらも自分もその一員なんだよなと。
やはりここでもネットがスムーズに動かないらしい

 

列に並んで待っている間、もちろん好奇な目で見られた

1時間半ほど待ってやっと自分の番。店員同士の「おい、チナが来たぞ」というひそひそ声の会話も聞こえた。ハイハイ

幸いなことに自分の手続きは5分もたたずして完了した。

やったーーーー解放されたーーーー

これで私の今日の戦いは終わった

 

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今日1日だけでこの国怖いな、ちょっとやだなと思ってしまった。

被害者ヅラするようだが、それでも精神的につらい状況が続いてしまった
自分が好きで外国に来たとはいえ
外国で暮らす、外国人として暮らすことがどんなに大変なことなのか痛感した
今や世界中でSNSが発達し、海外旅行も簡単になった時代、世界は狭くなり国同士が近づいたかのように思っていた。
しかし実際はまだまだ
自分の国に少しでも肌の色、髪の色、目の色、顔の作りなど
容姿が異なる人がいたら「抵抗」を感じ、「警戒」もするのが普通かもしれない

日本にも海外からの旅行者に限らず、「住んで」「働く」外国人が増えた
果たして彼らにどれだけのサポートがあるのだろうか
通っていた学校や近所にいた外国から来た友達、市役所で見かけた外国人一家など、一人一人の顔が思い出される。

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出国する前、「現地の人に寄り添った活動をしたい」と志していた自分だが
気づけば「こちら側に寄り添ってほしい」と望む自分がいた

実際に自分で体験してみないとわからないことって、山ほどあるなぁ。